2004年11月06日 天気 :晴れ


建築のフィギュア - プライベートプロダクツ

Miniature Architecture : amazing world of amateurism
東京に物売りに行くついでに、INAXギャラリーで開催中の、提題の展覧会を見てきました。

INAXギャラリーの展示部分は、二部屋ありますが、こじんまりとして、じっくり見ないと10分もあれば一回りできるくらいの規模です。むしろ、休憩、チラシ&書籍置きのスペースの方が大きいくらいです。

展示は、はじめの方にミニチュア模型がありました、紙で出来た建築物のミニチュアは、立体にする部分、印刷で端折る部分のさじ加減が絶妙で、実物のそれをよく再現していると思った。
粘土のミニチュア建築作品は、粘土にはとても見えない精巧さがあり、白一色のそれは、建築の素描と呼ぶにふさわしいものでした。

フォトモははじめて聞いた言葉でした、幼いころにやった紙工作を彷彿とさせ、懐かしいような新しいような感じがしました。
実物は、下のリンク先を見てもらった方が早いと思います。

写真と言う2次元の媒体を、3次元に再構築する、そのために、様々な角度から撮ったり、時間をずらせて撮ったりしたものを組み合わせるので、存在しない一瞬を作り出した、CGに近い作品だと思った。

フォトモ
http://www.itozaki.com/


奥の方に看板がありますが、見えませんよね(すんません)。


写真の行き先
フォトモを見て、参考リンクの「カメラストーリー 千分の一夜物語」の第一夜のことを思い出した。

自分なりに再構築をしてみた。

写真=データならば、あらやる生物、あらゆる年代の地形の三次元データベースが整備されれば、データの組み合わにより、あらゆるシーンがCG(データ)=写真として、再現可能な時代はすぐくるだろう。
現に映画は実写部もCG部も区別が無くなっている、映画で使われたデータを再利用できるように開放すれば、多くの人がそれを利用したシーン作成をし、完成したCGは現在写真と言われるものと区別はつかないはずだ。

写真が絵画をニッチに追いやって100年以上の時がたち、写真はCGによってニッチに追いやられるのだろうか?。


現在フィルムカメラは、デジタルカメラに押され状況は、けして良いとは言えない。
フィルムの供給量が落ちて、フィルムや現像の値段が二倍になればもう趣味としては成り立たないだろう。

最近フィルムカメラを再度使うようになったのは、フィルムカメラの行き先をみたいと思うのも一因だ。


フィルム写真をやっている人は、漠然とした不安を感じながらシャッターを切っているんだろうか?、写真は写し手の憂いを写すことは出来るのだろうか?、残された作品が語りかけることはなんなんだろうか?。

写真についての考えの端緒に着いただけ、ぼちぼち考えていこうと思う。

それでも半分以上は、ノー天気にシャッターを切ってるとは思う。


銀座散歩



参考リンク
人とカメラと写真の歴史
http://www5a.biglobe.ne.jp/~outfocus/tyyle-camera/tactile-camera.htm


カメラストーリー 千分の一夜物語
http://www.asahi-net.or.jp/~eg3y-ssk/photo/tstar/index.htm