My Modeling History 〜模型と私〜


過去と現在が入り混じった、支離滅裂な文章。
最後まで読む人っているのかな?

バリバリ(死語)のガンプラ世代で、小学生のころから、ガンプラを買うために模型屋通いをしていた。2008年に当時の日記を発見し、日記のコメント欄に親の「プラモ作りの情熱を勉強に向けて欲しい」との悲しいお小言を発見。 ガンダム後は、L-GAIM、ダンバイン、ダグラム、ボトムズと、ロボットものをひたすら作っていた。
一時期、船、戦車、飛行機方面へ浮気した事もあったが、すぐに止めてしまった。理由は自分でも良くわからない、たぶん馴染めなかったんだろう。
高校生のころは、近所の模型屋でバイトしてたんで、塗料とかを20%オフで買えてたのはおいしかったと思う。その模型屋も既につぶれ、2008年現在、新店舗が別場所で営業している模様、クレジットカードが使えるようになっていて時代の流れを感じた。

高校生になって、バイトをするようになり、小金が入りはじめたので、ガレージキットとやらを作ってみようと思い、神戸は三宮のWorkに行った。どうでもいいことだが、今は三宮センター街に店が移っているけれど、昔は、現在ブティック通り、トアロードに店があったのだ。
そこで何かのフィギアを買った記憶があるが、何かは既に不明。

それと前後して、コンプレッサーとハンドピースを購入、バイト代だけでは足りなかったので、親にねだり倒して買ってもらった記憶がある。
このコンプレッサー(オリンポス アドコン 4004)は、購入から10年以上使ったので、十分元が取れたと思う、しかもいまも現役。(2002.9.9にウェーブ517(旧レトラ517)というコンプレッサーを注文した。)
ウェーブ517 コンプレッサーは非常に静か、音楽かけてると動作しているのを忘れる。オイル式なんで、メンテはめんどくさそうだけど、良い買い物だった。
しかし、数年放置していたら、再度使った瞬間、タンクに穴があいた。修理に出したがいまだ戻らず。見積もり依頼したがそれすらこない。どうなってんのWaveさん。
2008年1月現在、部品在庫が底触しており、部品が入荷次第修理して送り返すとの事、見積もり金額1.2万円。

修理期間つかえないのは、どうしようもないので、AIRTEXのAPC-007を購入。これもオイル式のコンプレッサー、使い始めはオイルが空なので、注油の必要あり、付属のオイル一本丸々くらい入る。
オイルがある一定レベルたまると、自動的に止まるのは良いのだが、そのときに、ぷっしゅーと大きな音がする。初めてきいたときは、ちょっとドキッとした。
こいつもオイル式なので、どこからとも無くオイルが漏れる。コンプの下には何か敷いておかないとえらいことになる。

こいつは電源自動オンオフなので、最終的な電源断は、コンセントから抜くか、面倒な位置のスイッチを押す必要がある、それでは面倒なので、オンオフつきの電源タップでオンオフをしている。

近所の模型屋にも、ガレージキットが入荷するようになり、F.S.Sの1/100 LED MIRAGE (Wave版)を買った。
近所の模型やに入荷してくるのは、Waveと海洋堂のものばかりで、VOLKSのF.S.Sキットは手に入らなかった。HobbyJapan別冊等で見る、生島氏、圓句氏の二作家の作品をどうしても作りたくて、VOLKS京都店に通うようになる。

当時、住んでいた姫路からだと、VOLKS大阪店のほうが近かったが、「大阪=怖い」というイメージだけで、京都まで行くことにしたのだ。
移動手段として、当時は日曜日だけ使える、2000円で姫路から京都あたりまで、往復乗り放題のホリデイ切符というものがあり、料金的には、大阪も京都も変わらなかったのだ、これを利用して、京都まで片道2時間かけて行っていた。
模型屋のバイト代をほとんど、移動とガレキ購入に費やしていた。

京都では、今は無くなってしまった京都店の名物店長、養松氏と出会い、さらにFSS作品の深みにはまる。彼の作る作品は、本当に味があり、ワンダースカッツの完成品を見たときは感動した。他にも「明日も造る」という京都店オリンジナルペーパーも読んでためになるし、面白かった。
京都店は、カウンターのあるお店で、Y松氏の入れてくれるコーヒーはおいしかった、今はどうしてるんだろうか、ずいぶん以前にVOLKSを退社されたとは聞いたが、その後の消息は不明。

京都店が無くなるのと前後して、JRのホリデイ切符の廃止、VOLKSのFSSキットに対するスタンスがポリキャップを使った可動モデル(MM)へシフト(この形式キットは何個か持っているが、造っていない、ポリキャップ可動は、あまり好きではないのだ)、自身も就職で家を出ることになり、そんなこんなのばたばたした状況で、ガレキ製作から遠ざかっていった。

横浜に引越してからも、ガレキには未練があったのか、たまたま立ち寄った渋谷のVOLKSで、現関東統括部長さん(@07.12現在)と出会い、時々お話をさせてもらうようになった。
その統括部長さんは、こないだ、ヒストリーチャンネルの『#95 電気街からオタクの聖地へ―秋葉原物語』で、インタビューに答えていた。こんなところで見るとはねと思った。

ワンルームの狭いアパートに住んでいたので、造れもしないのに、FSSキットをいくつか購入した記憶がある。それらは、全部実家に送ってしまい積箱の一つになっている。
最初のうちは、帰省で実家に帰ったときに少しずつ作ってもいたのだが、3ヶ月に1回程度の帰省では、製作が進むはずも無く、ついには家に帰ってきても作ることも無くなり、7年以上のブランクを抱えることになる。

その間に、阪神大震災があり、家が揺れたときに、造った瓦礫の大半が、損傷を受けたのも製作に影響していたと思う、鉄道が復旧して、実家に帰ってびっくりした。自分お部屋が一番被害が大きかったらしく、せっかく完成させたMHが横倒しや、悲惨なやつは床に飛んで壊れていた。
簡単に直せるのは、その場で直したけれども、被害の大きかったものは、今でもそのままだったりする。ぼちぼちと修理もしてやらないとなとは思う。 安定感の大きかった、ワンダースカッツ、アシュラテンプル、無事なのもいましたけどね。それでも、地元を襲った地震の衝撃は心に残ったんだと思う。

ブランクを越えて作ろうと思ったのは、鶴見に引越してから少しして、BANDAIのMG 1/100 DOMを購入し、缶スプレーのみ塗装し組み立ててみた。まずまずの出来だった、その後シャア専用ゲルググを缶スプレーのみで塗装しようとしたのだが、どうにもこうにも色が無い、妥協して、適当な色で塗ったらぜんぜんイメージどおりの色が出なくて、歯がゆい思いをした。

ハンドピースが使いたくなってきて、コンプレッサーとハンドピースを実家から取り寄せ、さて、次は何を造ろうかと思案していたら、生島氏の作品「CLOUDS SCHATZE type I」に雑誌か何かで出会った。
ガレキ作成を止めても、FSSだけは読みつづけていて、CLOUDS SCHATZEの登場シーンにすごい感動したもんで、何を造ろうか考えているときに、このシーンを再現したキットがあることを知って、しかも、それは生島氏の作品、これは買わねばと秋葉原の海洋堂で購入。
最近の海洋堂は、すっかり食玩とリボルテックのお店になってしまったが、少し前までは、結構ガレキがおいてあった。

何で秋葉原で購入かというと、パソコンのパーツを買うために秋葉原には通いつめていたのだ。
CLOUDS SCHATZEの売ってそうな店を探すために、HobbyJapanの広告を見ると、いつのまにか、馴染みの秋葉原には海洋堂ができ、VOLKSができていたからびっくりした。
しかも、VOLKS秋葉原店の店長さんは、渋谷店の元店長だったから、人の縁とは不思議なものだと思った。
そんなわけで、秋葉原はパソコンパーツとガレキ両方の物欲を満たせる自分にとってすばらしい街になったのだ、しかしお金は、湯水のごとく消えていく。

「CLOUDS SCHATZE type I」を買ったころは、鶴見におり多少広い部屋に引越したおかげで、コンプレッサー等を置く場所もでき、台所でせっせと作っていた。
しかし、アパートなんで普通のコンプレッサーの振動は、どうだったんだろうか?、近所から怒鳴られることは無かったが、五月蝿かったような気もする。
また、専用の換気装置を用意してなかったので、、部品に塗料を吹くと空中散布で、台所中に撒き散らされ余り体には良くかった。

鶴見での仕事に限界を感じ、転職とともに静岡に引越した。結構な広さの部屋を会社が貸してくれているので、今は時間さえあれば、存分に製作できる環境にあった。
上記も過去形、5年の月日がたち、そこでの生活にもいろいろ限界を感じていた。ガレキもほとんど作らず、AUGEとK.O.G Buster Equipmentの2個だけを完成させた。
5年は何をしていたかと言うと、車と写真に嵌っていた、静岡の片田舎、車が無いと生活できないので、週末は用も無いのに、どこかに車で出かけていた。自動車は楽しい、一眼レスのくそ重いカメラを積んでも重さが苦にならない、時間と金さえかければどこにでもいける。静岡の田舎は走り放題、止める場所もいっぱいある。田舎の駐車場は基本無料。観光地は有料。

そんな生活を捨てて、再び横浜に舞い戻る。舞い戻る際、田舎で買い込んだ、塗料や溶剤を捨てるのに苦労した。舞い戻ったはずが、中部地方に週5日いる生活になじめず、あっさり転職。転職後引越し、と住まいを転々とした。
今住んでいるところでは、居間の一角を模型ブースにして、製作中。

コンプレッサーからは、5連の分岐装置をつけたが、分岐装置の数多過ぎ&重量が重い。3連と値段変わらなかったから5連にしたけど、失敗だったかも。

塗装ブースは、AIRTEXのブラックホール ツインファンを使用中。 シロッコファンはもうちょっと吸い込む気分がすていたが、ぜんぜんそんな事は無し(アパートの不圧構造に負けているのかもしれない)、市販ブースを買うのならば、換気扇ファンを利用した自作の方がいいかもしれない。”自作 塗装 ブース”などで検索するといろいろ出てくると思う。

排気はアパート壁の穴から大気放出、フィルターでろ過して放出、フィルターがすぐに詰まるのが目下の悩み。ツインファンのホースを二つ束ねて一つにして運転中、ホースをを束ねるオプションが欲しいぞ、ホームセンターで買った雨どいを束ねるやつで無理繰束ねたが、かなり不安。現に隙間から漏れてるくさい。

コンプレッサーと同じく、ブラックホールは、ファンの電源スイッチの位置が変な場所にある。こいつもオンオフつきのテーブルタップのスイッチでオンオフしている。

最近、秋葉原が近いので、中古のガレキを探して放浪すること多し。懐かしいキットをみるとつい買ってしまうので、積モデが溜まる貯まる。
ルーンマスカーも探し始めて、さあどうなる。



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最終更新:2008.01.15
Ciel@S.Ishida

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